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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)6350号 判決 1969年5月16日

原告

小早川春雄

ほか二名

被告

順天商事株式会社

ほか二名

主文

一、被告大橋成司、同大橋茂治は各自、原告小早川春雄に対し、金五九、五〇〇円、同小早川洋、同奥田雪霞に対し、各金二五〇、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四三年五月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告等の被告順天商事株式会社に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告等と被告順天商事株式会社との間においては全部原告等の負担とし、原告等と被告大橋成司、同大橋茂治との間においては、原告等に生じた費用の三分の二を被告大橋成司、同大橋茂治の負担とし、その余は各自の負担とする。

四、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、原告等

(一)  被告等は各自、原告小早川春雄に対し、金五九、五〇〇円、同小早川洋、同奥田雪霞に対し、各金二五〇、〇〇〇円、およびこれらに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告順天商事株式会社

(一)  原告等の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告等の負担とする。

との判決を求める。

第二、主張

一、原告等

(一)  訴外川口明は被告順天商事株式会社(以下被告会社という)にパチンコ店従業員として雇われていた者であるが、右パチンコ店勤務中、昭和四一年七月四日午後六時二〇分頃、被告大橋茂治所有の普通貨物自動車トヨエース大一そ一五七一号(以下これを事故車と称する)を運転して大阪市東住吉区駒川町六丁目一四番地新道路建設予定空地内を東より南へ後退しようとした際、おりから東より西へ歩行中の訴外亡小早川とよのに事故車を衝突させ、同女を轢過して頭蓋骨折等の傷害を負わせ、よつて約三〇分後大阪市住吉区南住吉町三丁目九五番地阪和病院において同人を死亡させた。右事故車は被告大橋成司が被告会社パチンコ店に内工事に乗つて来ていたもので、前記空地に駐車させる際、扉に施錠せず、且エンジン・キイーを差込んだまま放置していたのを訴外川口が無免許にも拘らず、無断で乗車運転したものである。

(二)  右川口は、後退運転するに際し、自動車運転者として、自動車の後方の安全を確かめた後、後退の合図をしたうえ、車の左右後方を注視し、周囲の安全を確認しつつ、最徐行で後退し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、右側窓から顔を出し斜右後方を眺めたのみで漫然後退した過失により本件事故を招来した。

(三)  被告順天商事株式会社は右川口の使用者であり、本件は同人の勤務中の事故である。

(四)  被告大橋成司は、大橋工務店こと被告大橋茂治に雇われ、自動車運転の業務に従事していた者であるが、本件事故車の運転手として、同車の管理者であるところ、前記パチンコ店へ工事の為来店し、本件事故場所附近に駐車する際、自動車の扉に施錠せず、且エンジン・キイーを差込んだまま同車を放置し本件事故を誘発した過失がある。

(五)  被告大橋茂治は被告大橋成司の使用者で、本件は同成司が業務執行中の事故であり、且つ、本件事故車の保有者として自己の為同車を運行の用に供していた。

(六)  以上のとおり、被告会社は訴外川口明の使用者として民法第七一五条により、被告大橋成司は、本件事故車の管理者として同法第七〇九条により、被告大橋茂治は同成司の使用者として同法七一五条ならびに右自動車の運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条により、各自訴外亡小早川とよのの死亡によつて発生した下記の損害を賠償する責任がある。

(七)  原告小早川春雄は右とよのの子であり、原告小早川洋、同奥田雪霞はそれぞれ同とよのの孫であるところ、幼小の頃母を亡くして以来母親代りとして同とよのに実際の子同様にして育てられ、本件事故によつて原告等はいずれも精神的苦痛を被り、損害を受けた。

(八)  よつて原告等は被告等に対し、慰藉料各金二五〇、〇〇〇円およびこれらに対する訴状送達の翌日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告会社

被告順天商事株式会社が訴外川口明の使用者であつたことは認めるが、本件事故が同川口の勤務中であつたことは否認。

三、被告大橋成司、同大橋茂治

被告両名は公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第三、立証〔略〕

理由

一、被告順天商事株式会社

(一)  被告が訴外川口明の使用者であつたことは当事者間に争いがなく、又右川口が本件事故を起こした事実についても、被告は明かに争わないから、これを自白したものとみなす。

(二)  よつて、本件事故が「事業の執行に付き」なされたか否かの点に付き検討する。

〔証拠略〕を総合すれば川口の勤務時間が午前一〇時から午後一一時までであり、途中休憩はあるが、本件事故当時は未だ勤務時間中であつたことが認められるけれども、川口の仕事の内容は場内係として客の注文があればパチンコの器械の調子を調べることであり、当時川口は無免許であつたことが認められる。このことからすれば自動車を運転することが川口の業務に含まれていたとは推認し難い。

一般にパチンコ店の事業に自動車運転の業務が含まれうるかの点は、抽象的にはこれを肯定し得ても、民法第七一五条に所謂「事業の執行」と言いうる為には、使用者の一般的、抽象的業務だけでは足りず、被用者の個々具体的業務の内容に自動車運転行為が含まれ得る場合に始めて「事業の執行」と解するのが相当であるところ、本件の場合、具体的にも自動車運転行為が被用者たる川口の業務内容たりうると認めるに足りる証拠は見当らないので、「事業の執行に付き」なされたと言うことはできない。

(三)  従つてその余の判断をするまでもなく、原告等の被告順天商事株式会社に対する本訴請求は失当で、棄却を免れない。

二、被告大橋成司、同大橋茂治

(一)  〔証拠略〕を総合すれば、大橋工務店こと被告大橋成司の使用者であること、右成司が出入りの被告順天商事株式会社のパチンコ店へ工事の為右事故車を運転して来店後本件空地に一時駐車する際、自動車の扉に施錠せず且エンジン・キイーを差込んだまま右自動車を放置していたことおよびその結果訴外川口が事故車を無断で運転して、原告ら主張のような本件死亡事故を惹起したことが認められる。

(二)  ところで、自動車運転手としては、自動車を駐車して車から離れる際には、無断で自動車を動かす者が居るかも知れないことおよびそのように自動車を無断で動かすような者は往々にして事故を起こすかも知れないことを予見し、エンジン・キイーを抜取つて他人がたやすく該車両を運転できないようにしておく自動車管理保管上の注意義務があるものと言うべきであるから、前記認定の様に被告成司がエンジン・キイーを差込んだまま放置したのは本件死亡事故に付き過失があるというのが相当である。

(三)  訴外小早川とよのの死は右のように被告大橋成司の過失によるのであるから、同被告は民法第七〇九条により、また右事故は事業の執行としての自動車保管中に惹起されたものであるから被告大橋茂治は使用者として民法第七一五条に基きそれぞれとよのの死によつて生じた下記の損害額を賠償する責任がある。

三、損害(慰藉料)

〔証拠略〕を綜合すれば、原告春雄は、昭和二年亡とよのと婿養子縁組をなし、亡同女の長女まさえと結婚して右まさえとの間に原告洋同雪霞の二児をもうけたこと、まさえは間もなく死亡し、その後原告春雄は他の女性と再婚したが、養親とよのとは引続き同居して、その死亡に至るまでこれを扶養して来たこと、右のような事情から、亡とよのはまさえの死後、原告洋、同雪霞が成長するまで、母代りとして主としてその面倒を見て来たものであり、その成長後も原告洋とは終戦後から同人が三〇才に至るまで、原告雪霞とは同女が結婚する二六才頃まで同居し、右両名が別居してからも、実家の母代りとして親身な世話を続けて来たこと、および亡とよのは本件事故当時八七才になつていたが、なお至極壮健であつたことが認められ、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、亡とよのの死亡により原告らが蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は、少くともそれぞれ原告ら主張のとおりと認めるのが相当である。

四、結論

してみると被告大橋成司、同大橋茂治は各自原告小早川春雄に対し慰藉料金五九、五〇〇円、原告小早川洋、同奥田雪霞に対し各慰藉料金二五〇、〇〇〇円、およびこれらに対する本件訴状が被告大橋成司、同大橋茂治に公示送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年五月二二日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があると言うべきであるから、原告等の本訴請求は右限度において正当としてこれを認容し、被告順天商事株式会社に対する請求は失当としてこれを棄却すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宜兄)

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